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2018-07-05

素性を明かす


 

僕は個人のFacebookを公開しているのでご存知の方も多いと思うのですが

 

創価学会です。

学歴に創価高校、創価大学って書いてますが小学校から通っていますからね

ちなみに

在日韓国人の三世です(おじいちゃんが日本へ渡ってきました)

1985年に法の改正があり、僕の兄弟は上三人が韓国籍、下二人が日本籍というわけのわから無い状態に。

僕の子どもたちは、全員生まれながらにして日本籍です。

 

ついでにですが

 

大阪の西成区という地域で生まれ育ちました

こんな感じのところですね。

警察と暴力団の癒着が明らかになり、日雇い労働者の方々が起こした

西成暴動

で一躍有名になりましたね。

動画があるのでよければ見てください。

これは日本か??って映像が流れますので

マザーテレサが訪れた街でもあります

 

僕はこの中心部から少し離れたところで育ったのですが

車の不法投棄が多い場所で、投棄されたその車に

 

3日経つと人が住んでるんです

 

それが普通のコトだと思っていたのですが、私学で遠くの学校に通うようになり

普通ではないというコトに気付きました(笑)

西成区の話を始めるとキリが無いのでそれは次回に

 

創価学会、在日韓国人、西成区・・・

近所の中華屋のオーナーに

 

お前3Kやな

と言われましたね(冗談で言ってますから)

 

まぁ僕自身は自分のルーツに誇りを持っているので、人がどう思おうが関係無いと感じてます

 

じゃぁ、なぜこのコトを僕が書こうと思ったかと言いますと

閉鎖的で差別的な感覚をやめましょう

って言いたくて

創価学会員もそうで無い人も

在日韓国人もそうで無い人も

西成区民もそうで無い人も(これは多分思って無いですね笑)

 

どちらもです

 

日本って宗教や国籍に関する”感情的”な差別意識がかなり強い気がするんです

法としてはしっかりと守られていると感じますけどね

差別的な感覚は、ちょっとしたきっかけでとんでも無い事件に発展します

ルワンダ紛争とか、関東大震災の時の事件とか、ナチスドイツとか

歴史を見れば明らかです

 

日本には意外と国籍を隠している人がいます。

僕自身隠す気はまったくないのですが、僕が書いた投稿に対して

”在日の吸血ヒルどもが日本の侵略を画策していますが、そのことについてひろのぶさんはどう思われますか?”

みたいなコメントや

僕、ひろのぶさんの大ファンです‼︎

って言ってくれている人のウォールを見ると

”在日韓国人はNHK受信料を払わ無い”

”在日韓国人日本の生活保護を不正受給しているとか”

みたいな投稿があったり。。。

 

どう答えたら良いの??

ってなるわけですね笑

でね、僕の国籍がわかった瞬間に急に手のひらを返す人を何人か見て、こういうことって現実にあるんだなぁと本気で考えるようになりました

 

僕の知り合いで

”中国人は・・・”

という話し方をする人がいるのですが

 

いやいや

 

 

13億人いてるから

 

だれよ??中国人ではなくて。

と思うわけです。

 

上海に住んでいる朱さんという人に、僕はものすごくお世話になりました。兄さんと呼んでます。

同じく上海に住んでいる黄(ファン)さんという人にお金をたくさん持っていかれました

 

どちらも中国人です

一括りにしてしまうってコトは、それだけ視野が狭いコトを証明しているわけですね

同じ国籍でも、どうしようも無い人もいれば、素晴らしい人もいます。

その辺りをもっとフラットに見る必要があるのでは無いか?と僕は思いますね。

 

書きながら感じたのですが、一回の投稿で書ききれる内容では無いですね。

今回は在日のコトにだけ触れたいと思います。




 

在日韓国人



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コメント2件

  • 渡邉 拓昭 より:

    はじめまして。広島県北の山奥で農業をぼちぼち試行錯誤している渡邉拓昭(わたなべ ひろあき)と申します。
    早い段階より大きな関心を持って、藤原さんの記事を読ませていただいております。最近ですが、ギフトフードにも参加しました。
    いわゆる常識を覆すような、大変面倒な、でもとっても大事な(少なくとも私にとって)題材ばかりを扱われておられますが、内容もさることながら、平易で親しみやすいざっくばらんな表現方法にはいつも感嘆させられております。
    私自身、無農薬農業を実践していくなかで、何故取り組んでいるかをひとに伝える際に、勝手に暑苦しくなり、社会(場合によってはそのひとも)を否定し、固くて難しい表現になってしまい、当然関心を得られないことが多い気がします。「なんだか遠いなあ」と半ば諦めムードになることも少なくありませんが、その都度表現方法(もっと言えば根本の意識)を変える必要をこのサイトに教えていただいています。
    その中でも今回の記事はかなりぶっちゃけておられますが、改めて多様性を認め合う大事さを痛感させてくれました。なんか違う気もしますが「肉を切らせて骨を絶つ」という印象を受けました。
    ひとは全く同じ存在は一人といません。それは自然の法則であり、自然は無駄なものはないという考えに立つと、その違いを必要なものと認めて活かしていくことが、ひとが豊かに幸せに生きる秘訣なのではと思い始めている今日この頃です。違ってるからこそいいんだ、という感じです。もっと言えばみんな見た目や言語や性格は違うけど、根本は一緒なんだと思えれば、無関心という言葉はなくなります。
    なんか宗教ちっくになってしまいました。

    そのうち、いつの日か、好きな酒を飲み交わせれば嬉しく思います。

    当分はやることが多い日々が続くかと思いますが、健康にはくれぐれもご留意ください。引き続き、応援していきます。

  • 山下 奈央 より:

    僕は管理人さんが嫌いだけど好きなんです。創価学会とか在日韓国人とか全然関係ないです。

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